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つながり2

コメントを頂いて、再度前回の記事を読み直していて、
なんとなく言葉足らずなところが気になって、書きなおしです。

修正でもいいんだけど、記事数が少ないので新しい記事で(笑


人に迷惑をかけないように
自分の足で立ち上がって歩くように
とずっと思ってきた。

そのせいか、人に助けを求めるのが、怖い。

あの人は忙しいから。
自分でやった方が早いから。
そんな理由をつけては逃げ回る。

ふと。。
何も頼まなくても、いろいろなことを助けてくれる世界を想像してみる。

誰も、誰にもありがとうと感謝をしない。
誰にも頼まない。
ただただ、自分が割り当てられた、業務を遂行し続ける。
その業務はやがて誰かの役にたっている。

人と繋がっているけれども、それを意識しない世界。
そう考えると、今、望まれているのはこういう世界なのか?





そんなことを考えつつ、手元のiPhone眺めていると
なぜ便利だ!と思っているんだろう?と気になった。

考えてみると、いままでの携帯に比べ、擬似世界への敷居が下がっているからではないか?
いつでもmixi等のSNSに接続し、人とのつながりを実感する。
ブログという疑似世界の住人の言葉に耳を傾け、欲しいものや場所の情報を得る。
twitterを使って、自分を疑似世界に表現し、そこでのネットワークを体験する。
ネットで知り合った人に実際出会うと、「あぁ、実在する人間なんだなぁ」と改めて実感する。

薄い繋がりのその背後に、自分自身が見え隠れしているのか?
電子という疑似世界に投影した自分と、実際の自分。
少しだけ、『人と繋がっているけれどもそれを意識しない世界』に近い気がする。


ここまで考えたところで、ラジオで社会学者が話していた、
コンテンツからコミュニケーションへの移り変わりという話がふと浮かんだ。
各人が自分の選別眼をもってコンテンツを見定めていた時代から、
人の評価や人とのつながりへの影響力をもって見定めている時代への変化という話だったように思う。


存在意義の為、自己表現の為に人とのつながりをネット上で求める一方、
現実のつながりには、やや拒否感があったりするのかも?
と思ってみたりします。

お昼休みに考えたことをどばーっとかいてここまでっ!!。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

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