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共生と支援と人間。

珍しく海外を支援している団体に入会しました。
と言っても、年間数千円の微々たる支援金額ですが。
私が寄付しようと思った経緯を記録しておこうと思います。

<活動内容>
ミヤンマーの子どもたちのために、学校を建てること。
勉強したいけど出来ない子どもたちに奨学金を貸し付ける活動

<所感>
カンボジアだったりミヤンマーだったりするけど、マスコミでも
支援の美談として取り上げられているので本当によく聞く活動だと思います。
これを読んでくださっている方もそう思われる方も多いのでは?

それでも私が、活動を応援しようと思った事、2点にご注目!?

☆★1点目★☆
まずは、私が募金活動についての考え方をまとめます。

<海外支援の団体の募金集金額に対する、現地への支援金額>
最近、日本でも話題になっている24時間テレビのギャラの問題以降、敏感に成っている面が
個人的にあるのかもしれないが、支援は経済活動の側面を極力抑えるべきだと考えています。

例えば、NPO法人は特定非営利活動法人の略ですが、給与や経費は使えます。
募金された金額の何パーセントが本当に現地で使われているのか??


もちろん大規模な活動にはチラシ等の経費が必要で、活動を中心に生活する場合等は理解できます。
経費を使うことを否定するわけではありません。
ただ、支援の為に預かったお金は支援に使うという考え方は必要です。
多くの支援者もそうであろうという認識を持っているのではないでしょうか?
募金を頂く際、集めた資金の内、現地で支援に使われる金額についてもある程度明確にする。

100円頂けたら、現地に30円届きます。70円はその他経費を含め活動資金です。
100円そのままを現地に支援金としてお金だけ、送金しても、私腹を肥やす人たちにとられて届きません。
ですので、経費はかかってしまうのですが、私が責任をもって届けます。
例えば100万円集まったら、渡航費30万で70万は現地で使えます。これで学校を教育を支援します。
その状況はこのHPで報告します。ぜひご覧下さい。
例えば、こういう風に説明すれば多くの方は納得するのではないでしょうか?
私の考えとしては、このように説明のあるところであれば信頼がおける。そう考えています。

そこで、ミンガーラーバ地涌の会の代表者のお話を聞いてみました。
抜粋を下記にまとめます。
・現地へのスタディツアーは参加者の全額実費(団体代表等も含む)
・役員も現地の協力者も無償
・団体所有の土地や建物等の資産は持っていません。
・使っているのは、月に1000円の事務機器・会報を送る為の切手代のみ。


話を聞いて、支援は余裕があるからするのではなく、共生を考えるから実施するものだと教わりました。
どの家庭も苦しい時に、持っているものを分け合う。
残っている食べ物を、独り占めしてしまえば自分はすこし安心かもしれない。
一人で全部食べてしまえば、お腹が満たされるかもしれない。
同じようにお腹がすいている人と少しの食料を分け合う。


これこそが人間の人間らしくある有様では無いでしょうか。
人間は動物ではない。共生




☆★2点目★☆

入会のきっかけ1の最後に出てきた、『共生』その言葉と関わってくるのですが、
支援を受ける側との共生に向けての意識が、第2点目のきっかけです。

支援を延々受け続けると、支援を受けなければ生きていけなくなる。
海外に支援で建てられた学校を例にだすと、
ガラスが割れた。支援を。雨漏りをするようになった。支援を・・・・
という形式での支援をしてしまっている現状もあるようです。

しかし、支援は、自分達もどうにかしなければ!という意識を持って欲しい。
この先ずーっと支援し続けることは出来ません。
自分の足で立つこと、歩くことに挑戦してほしい。

そういう思いを胸に、この団体では自助努力が無い村には支援をしないと決めています。

支援で建てられる校舎についても、支援するのはその約7割までです。
その金額は、ミャンマーでは輸入になるトタンや窓ガラスなどの資材代です。
これで7割。
後の3割は自助努力。
具体的には、労力奉仕や砂、石、ブロックは村が自主的に集めます。

こうすることで、自分たちが作ったのは、校舎であり、自分たちの子どもたちの未来であるという意識が生まれるきっかけになるのではないでしょうか?

何から何まで支援してしまう。
そんな協力の在り方として問題があるのだと思っています。

ミンガーラーバ地涌の会が、そういう活動を続けて既に11年。
奨学金を借りて勉強をした人達からもすこしずつ返済は始まっていると聞きます。
それは、支援を受けていた人々が自分の足で立ち上がれるようになってきた証ではないでしょうか?


何から何まで施すのではなく、立ち上がれるように、協力する。
それが正しい支援のやり方だと思います。


支援をしているという自己満足ではなく、世界経済の中で受益者としての日本。
そのせめてもの罪滅ぼしの為、できるだけ協力をしていきたい。
そう考えたことが第2のきっかけでした。

ミンガーラーバ地涌の会の活動がより多くの人の行動に良い影響を与えると嬉しいと思います。


ミンガーラーバ地涌の会のホームページのURLは続きに書いてあります。
(こういう記事を書くと、どうしても宣伝なイメージが出てしまうので興味のある方だけクリックして下さい)
http://www.minc.ne.jp/~mingaraba/

そうそう。書き忘れましたが会の名前の語源。

「ミンガラーバー」とはミャンマー語で「おはよう」とか「こんにちわ」という挨拶の言葉。
「地涌」(じゆう)とは、仏典で、地中から無数の菩薩が湧出し、迷う人を救うことを表します。」

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

コメント

こんにちは。

朗さん、いいことをなさってますね。
本当におっしゃる通りで、献金をしても、それがどのくらい目的の人々に
届くのか。それが疑わしいから献金は一切しない、という方が
よくいます。
しかし、それは、わずかなお金も出したくない、面倒くさい、ということの、
実はいいわけであることも多いような気がします。
私を含めて、ですけど。

実際日本のホワイトバンド運動のように、集めたお金は活動宣伝費に
使われて、貧しい人へは届いていない、というような、イメージ先行の
募金活動もあり、おけ根のつかわれ方の行方は、しっかり見据えていく
必要があるとは思います。

それでも、理屈は後、と私は思います。
数千円のお金。一回ちょっと何かを我慢すればねん出できる金額です。
おかねの使われ方をうんぬんするのも、大切かもしれないけれど、まず、行動!ですよね。
ミンガーラーバ地涌の会のお活動。私も、参加させていただきたいと思います。

いろいろなことは

あとづけなのかもしれない。

私の行動も話を聞いて、感覚でやってみよう!
という直感で、何故そんな直感が働いたかを考えたのはその後でしたね。
いい気づきをありがとうございます♪
参加!ありがとうございます。仲間が増えて嬉しいです。

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