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祈り

東日本大地震で悲惨な情報が報道されている中ですが。

私の住む岡山では震度1 津波も20cm程度でした。
東日本にもこころを通わせた友人がたくさん住んでおり
16時頃一報を聞いてた時は、手が震えました。

しかしながら電話は緊急連絡者のことを考えると利用できず、
Webやメールを通じての安否確認を実施することになりました。

昔を大して知るわけではありませんが、こう言った部分では
便利な世の中になったものだと思います。

連絡をとれた人、未だ取れていない人が居ますが、
情報収集をする上で、であった言葉が胸に残ったので書き記しておこうと思います。

社会学者の久保田裕之さんのTwitterでの言葉。
*****転載ここから******

@hkubota1016
緊急時に、何もしないことが最良でありうることを認め、何もできないことを受け止め、何かした気になることを戒め、何かしないと不安なることと戦うことの別名を、祈ると呼ぶ。

僕は宗教者ではないけど、今回ほど祈ることの意味について考えたことはない。

http://twitter.com/hkubota1016
*****転載ここまで*****

支援発表のこと、義援金のこと、原発のこと、食料のこと、津波のこと、被害状況のことと様々な情報が
耳に入り、胸を痛める中で自分自身、何をすべきだろうかと考えていたとことでこの言葉に出会いました。


久保田さんの追加の発言を見ていると、行動しないことを肯定するんじゃない。
といったような批判が届けられたりしているようですが、
私は、本当に何が必要で自分に何ができるかを考える上で大切なおもいではないかと感じています。


自分と現場のギャップが歯がゆい中、その現実に向き合いつつ、出来ることを一つずつ

久保田さんの言葉を言い換えると
その歯がゆさに負けずにこころを落ち着かせ、事実を見据えることが祈ることなのかもしれません。
その心持ちのなかで自分が出来ることを、粛々と実践していこうと思います。



震災の被害で亡くなられた方のご冥福を祈り致します。
また、数々の事件に耐え忍ばれている方の心からの復興が一日でも早く訪れますように。






テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体

つながり2

コメントを頂いて、再度前回の記事を読み直していて、
なんとなく言葉足らずなところが気になって、書きなおしです。

修正でもいいんだけど、記事数が少ないので新しい記事で(笑


人に迷惑をかけないように
自分の足で立ち上がって歩くように
とずっと思ってきた。

そのせいか、人に助けを求めるのが、怖い。

あの人は忙しいから。
自分でやった方が早いから。
そんな理由をつけては逃げ回る。

ふと。。
何も頼まなくても、いろいろなことを助けてくれる世界を想像してみる。

誰も、誰にもありがとうと感謝をしない。
誰にも頼まない。
ただただ、自分が割り当てられた、業務を遂行し続ける。
その業務はやがて誰かの役にたっている。

人と繋がっているけれども、それを意識しない世界。
そう考えると、今、望まれているのはこういう世界なのか?





そんなことを考えつつ、手元のiPhone眺めていると
なぜ便利だ!と思っているんだろう?と気になった。

考えてみると、いままでの携帯に比べ、擬似世界への敷居が下がっているからではないか?
いつでもmixi等のSNSに接続し、人とのつながりを実感する。
ブログという疑似世界の住人の言葉に耳を傾け、欲しいものや場所の情報を得る。
twitterを使って、自分を疑似世界に表現し、そこでのネットワークを体験する。
ネットで知り合った人に実際出会うと、「あぁ、実在する人間なんだなぁ」と改めて実感する。

薄い繋がりのその背後に、自分自身が見え隠れしているのか?
電子という疑似世界に投影した自分と、実際の自分。
少しだけ、『人と繋がっているけれどもそれを意識しない世界』に近い気がする。


ここまで考えたところで、ラジオで社会学者が話していた、
コンテンツからコミュニケーションへの移り変わりという話がふと浮かんだ。
各人が自分の選別眼をもってコンテンツを見定めていた時代から、
人の評価や人とのつながりへの影響力をもって見定めている時代への変化という話だったように思う。


存在意義の為、自己表現の為に人とのつながりをネット上で求める一方、
現実のつながりには、やや拒否感があったりするのかも?
と思ってみたりします。

お昼休みに考えたことをどばーっとかいてここまでっ!!。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

つながり

なんだろな。

人に迷惑をかけないように
自分の足で立ち上がって歩くように
とずっと思ってきた。

そのせいか、人に助けを求めるのが、怖い。

あの人は忙しいから。
自分でやった方が早いから。
そんな理由をつけては逃げ回る。

何も頼まなくてもすべてのことを助けてくれる世界を想像してみる。

誰もありがとうと感謝をしない。
誰にも頼まない。
ただただ自分が割り当てられた、人を助ける何かやり続ける。

人と繋がっているけれども、それを意識しない世界。

意外と今の時代にぴったりなのかもしれない。
と納得してみる。




ところで何故、自分がiphone持ってしかも便利だ!と思っているんだろうと考えてみた。


それは、普通の携帯より繋がりやすい気がするからでは無いだろうか?
外を歩いていてもパソコンの様にSNSに接続出来る。
食べたいものを探すときも、人のブログを参考に出来る。
twitterというゆるい繋がりで仲間意識を持つことが出来る。

こういう方面にもつながりらしきものが見え隠れしている気がする。

そういえば、とある社会学者が話していた、
コンテンツからコミュニケーションへの移り変わりという話がふと浮かんだ。

ベーシックインカムから思ったこと。

3ヶ月ほど前にベーシックインカムという言葉を聞き、
それについての本に軽く目を通したりしていました。

先週末、ニコニコ生放送でベーシックインカムについての議論があるとTwitterで知り、
見てみました。(http://live.nicovideo.jp/watch/lv11239369)
最初は全員が賛成という中でどのように議論が進むのかと気になりましたが、
それぞれの意識のポイントがそれぞれ違って、面白い3時間ちょっとでした。

ベーシックインカムを語るほどは詳しくはないけれども、自分もどのようにいま考えているのかをまとめて見ようと思います。

ベーシックインカム(以下、Basic Income = BIと表記)は簡単に言うと
・生活保護や年金システムをやめて、すべての人に定額を給付するというシステム。
・毎月定額で渡される定額給付金というイメージ。

昔から、考え方はあったけど2009年に日本新党のマニュフェストに取り上げられたりと、最近日本でも認知度が広まっているみたいです。

◯賛否
収入にはならないが必要なことに邁進する原動力に成り得る
「労働なき富」そのものでもある気もする
自分のやりたい事が見つかっている人ばかりではない
よく考えたら年金で生活している人はBI生活をしているイメージだなぁ

◯労働なき富をもらってどう生きるか
目的、帰属意識に囚われない自己の自由な表現をしながら生きる!
と表現してみるのもの、わかりにくいのでどんな人に分かれるかを妄想
 ・BIの収入では納得出来ないバリバリ働く人(高生活レベル)
 ・BIの収入では納得出来ない少しだけ働く人(中生活レベル)
 ・BIの収入で生活できるよう生活レベルを落とす人(低生活レベル)

◯導入にあたってこうして欲しい
ゲゼル理論の踏襲。
 1.期限がある、もしくは定率で減耗する。
 2.貯めることは出来るが金利はつかない(1は踏襲の上)
 3.今の日本銀行券と分けるために電子マネーで。

◯まとめ
思いつくことを列挙しましたが、内容を見ても分かるように賛成。
しかしながら、今の現状に当てはめるとどのような事態を生むのか。
想像し得る中には、ひどいコトも浮かんでくる。
でもやっぱり人の意欲次第なんだろう。

ベーシックインカムがあってもなくても、自分がどのように行きたいかを見定め、歩んでいる人は歩んでいる人を何人も知っています。
そういう風に、一歩踏み出すにはBIはいいきっかけになるのではないかと思います。
それはもしかしたら、BIのある世界を想像したとき、自分は何をしたいかを考えるということから始まるのかもしれない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記

『空想』について

ひとつ前に書いた記事、『空想』は、自分が今、子育てに一番大事だと思っていること少し地がった形で表現した文章でした。

情報のものすごく多い今の世の中で子供はどんなふうに成長していき、
どんなことを感じているのかな~?という観点で考えてみた文章です。

今回、気になったことは、このブログのコンセプトでもあります、
【たくさんある情報との付き合い方】が元です。

大人はその情報の中から取捨選択を繰り返し生きていますが、子供はどうなのか?
また、大人でも大きなうねりの情報に流され、考え方が統一されて来ているのではないか?

映像で与えられることで統一されたキャラクターイメージ。
煽るようなマスコミの報道。
TVCMを見てもらうための視聴率を追った番組。
人気のある商品にどーっと流れる趣味趣向。


子供に話を戻すと、
映像による統一のない文章からの情報だと、十人十色の桃太郎の顔があり、かぐや姫の顔。ロビンソン・クルーソーの顔や服装、景色があるはず。

想像の世界を通じて、人と違う自分があることを認識する。
自分と違った人を認められる。

きっと今の時代、他人を思いやる、思いやりの心が足りないのではなく、
相手がどう考えているかを想像することができない世の中なんだと思います。

想像力豊かなこどもに育てていくために、大人の役割はかなり大きいと自覚しています。

想像力は、創造力の源泉では無いでしょうか。
未来の為に、想像することの経験と楽しさを伝えて行きたいと思います。




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テーマ : 育児 - ジャンル : 育児

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